第一章 ―ICU―

「輸血同意書にサインをお願いします」

 

「同意書 フリー」の画像検索結果

 

ぼくの頭は脳からの出血によってパンパンに膨れ上がっていたそうです。

早急に血を頭から抜く手術をしなければなりませんでした。

しかし、その手術には大量の輸血が必要だったそうです。

 

その説明を受けて、

母は担当の先生から「輸血同意書」にサインを求められたと言います。

 

なぜかというと輸血を禁止している宗教もあります。

 

病院としては患者の同意なしに輸血をしてしまうと

後に訴えられる場合もあるため

勝手に輸血できないのだそうです。

 

ぼくはその宗教の教えを否定することはしませんが、

ただ言えることは母がその宗教の信者じゃなくて

良かったということですね。

 

実際僕はその手術で大量に輸血されています。

 

もし母がその同意書にサインしてくれてなければ

ぼくは今頃骨と化していたでしょう。

 

ICU

 

 

手術後、ぼくはICUにて24時間体制で

看護されることになります。

 

当然、意識不明。

 

いつ目覚めるか分からないぼくに

母は一日も家に帰らず付きっきりで看病してくれたそうです。

 

母はとにかくきれい好きな人です。

 

その母が風呂にも入りに帰らなかったというのは驚きです。

 

なぜ帰らなかったのか?

 

それはぼくが急に死ぬ恐れがあったからだそうです。

 

「いつ容態が急変するか分からない」

「若さに賭けるしかない」

 

そう母は先生に言われたからだそうです。

 

自分一人帰ってシャワーを浴びている時にぼくが急に死ぬかもしれない。

そう思うと母はとてもぼくを置いて帰れなかったと

後に聞かされました。

 

本当に心配かけて申し訳ないです。

 

はるかちゃん

 

「女の子 フリー」の画像検索結果

 

ぼくがICUに入って間もなくして

一人の女の子が僕と同じように交通事故でケガをしてICUに入ってきます。

 

名前は「はるかちゃん」。

 

僕と同じ年で僕が通っていた違う高校よりも

ずっと頭のいい高校に通っていた女の子でした。

 

当然ですが、はるかちゃんのお母さんも娘が心配で家になど帰りません。

 

同じ境遇にある母二人。

 

一緒に我が子が助かってICUから出ていく姿を

夢見て励まし合ったそうです。

 

はるかちゃんは夏祭りの帰り道、

横断歩道を歩いて渡っていたところを

信号無視の車に弾かれたそうです。

 

そして、はるかちゃんは二度と戻らぬ人になりました。

ICUで亡くなったのです。

 

はるかちゃんのお母さんはどれほど辛かったか。

想像すると僕まで辛いです。

 

おばあちゃんの知らせ

 

「おばあちゃん フリー」の画像検索結果

 

ぼくがICUに入って2週間後のことです

 

そのころは母と姉とおばあちゃんの三人で

ぼくの看病をしてくれていたそうです。

 

その時はたまたまICUでぼくを見てくれていたのは

おばあちゃん一人でした。

 

昼頃です。

 

母と姉はICUの外でコンビニのサンドウィッチを食べていました。

いつ僕が目覚めるのかとか、

そんな話をしていたそうです。

 

そこにおばあちゃんがダッシュで駆けて来て

母と姉にこう言いました。

 

「蝶(ちょう)が!蝶が動いてる!」

「蝶?」

 

母と姉はおばあちゃんの言っている意味が何のことか分かりませんでした。

とりあえずICUのぼくの元に急行しました。

 

ICUでは僕の周りを先生や看護士の人たちを取り囲っていたそうです。

 

おばあちゃんが蝶に見えたのは「肺」だった

 

「肺 フリー画像」の画像検索結果

 

おばあちゃんはICUでぼくの身体の様子を伝えるモニターを見ていたそうです。

そこに突然、蝶のマークが表示され動き出したと。

 

しかし、それは蝶ではなく「肺」の表示でした。

 

なぜ突然「肺」が表示されたのかというと

僕が奇跡的に自発呼吸を取り戻したからでした。

 

それまでのぼくは自分で呼吸すらできない状態だったようです。

なので、ずっと僕は人工呼吸器に呼吸することを任せていたのです。

だけど、ぼくは自分で呼吸する力を取り戻したわけです。

 

人工呼吸器は僕の身体から取り外されました。

なんとかぼくは命の危機を取り留めることが出来たのです。

 

家族や看護師のみなさんは

ぼくの奇跡の復活に涙を流して喜んでくれていたそうです。

 

ICUからの生還

 

 

自発呼吸を取り戻したぼくはICUから生還し

次は救急病棟に移されます。

 

自発呼吸を取り戻したというものの

依然としてぼくの意識はありませんでした。

 

外傷による高熱がひどく

部屋は冷房で限界まで下げられて

ぼくは全身をタオル無しアイスノンで冷やされました。

 

まるでスーパーの魚です。

 

依然として意識が戻らなかった僕ですが

数日かすると徐々に目をぼんやりと開きだしたそうです。

ドラマのようにパチッと目を覚まして意識完全回復だったら良かったんですが

ぼくの場合は「日にち薬」でゆっくりと意識を取り戻していったそうです。

 

周囲はぼくが少しでも回復の兆しを見せると大喜びしました。

 

家族は信じていました。

 

もう少しでぼくは完全に回復して

また元の平和な日常がやってくると。

 

しかし、そんなものはすべて幻想でした。

 

 

続く